Husserl, Hua. Mat. II

  • Edmund Husserl, Logik. Vorlesung 1902/03, Kluwer 2001.

某論文の準備も再始動させるべく、とりあえず実践的学科としての論理学に関する調べものから始める。(少なくとも『論研』やこの時期の)フッサールは、理論学としての論理学の基礎にとってわれわれの体験の分析はまったく不要だと考えていることは重要だと思う。体験の分析(つまり現象学)が必要とされる文脈は、論理法則がわれわれの思考(これは紛れもなくわれわれの体験の一種だ)にとっての規範としても機能するのはなぜかということが問題にされる地点でしかない。したがって、「(純粋)論理学の現象学的基礎づけ(を通じた学問一般の現象学的基礎づけ)」と呼んでもいいかもしれないフッサールのプログラムとは、ようするに、われわれの思考とは無関係に成り立っている論理法則が同時にわれわれの思考の規範でもあるということを理解可能にする試みのことだ。もしこうした理解が正しいならば、これよりも大きな(あるいは無茶な)プログラムをフッサールに帰属させたうえで、それに肩入れしたりそれを絶望視したりすることは根本的に明後日の方向を向いていることになると思うのだけど。といろいろ考えたいことはあるのだけど、その辺は目下の計画の中で突っ込んでいくべき話題ではないので深入りはやめておく。主要な論点が『論研』とおおむね変わっていないことを確認できたことだけで十分。実践的学科としての論理学に関する文献としては、あとはBernetの論文を読み直しながら『論研』第一巻の該当箇所を押さえておけばよさそう。